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観光・歴史

■■ 〜文化の風かおる 柳津歴訪〜 ■■

秋葉堂の絵天井

 秋葉堂の絵天井 

明治初期、火災から家々を守るために建立された秋葉堂。100枚に及ぶ絵で埋められた絵天井があることで知られています。動物や花、百人一首に見られる伊勢や公家などが描かれており、作者は竹市景山といわれていますが、雲洲という署名も見られます。

慈恩寺の十一面観音菩薩像

 慈恩寺の十一面観音菩薩像 

慈恩寺の観音堂には十一面観音菩薩座像があります。これは蓮弁台座にすわっている観音菩薩座像で、いくつかの木を寄せつないだ奇木彫刻です。眉間の上に九面、頭の頂に上下二面の顔を持つ美しい観音菩薩像です。

高桑太鼓

 高桑太鼓 

江戸時代の宮太鼓を起源とする高桑太鼓。一時戦争で途絶えましたが、昭和54年に高桑太鼓保存会により復活しました。台車に乗せて引き回す珍しい太鼓です。

畑繁太神宮物語

 畑繁太神宮物語 

宝暦治水の結果、逆に水害に悩んだ松枝輪中の人々は畑繁堤を造りました。しかし天明3年(1783)この無許可工事の罪により代表者4人が獄死。その後も水害は続き、酒井七左衛門奉行の理解で畑繁が完成しましたが、文政2年(1819)酒井奉行は病死しました。
畑繁太神宮は酒井奉行と4人の犠牲者の霊を慰めるために建立され、水との闘いを今に伝えています。

尾張川古戦場

 尾張川古戦場 

このあたりは養和元年(1181)、当時この地を流れていた墨俣川をはさんで、平氏軍と源氏軍が対戦した源平合戦の主戦場となった場所です。戦いの結果は平氏軍の勝利に終わり、この戦いは後に一の谷、屋島、壇の浦と続く、源平一大決戦の先駆けとなりました。

正蓮寺の欄間

 正蓮寺の欄間 

正蓮寺本堂には7枚の欄間があり、特に正面3枚は江戸時代後期の名工、立川和四郎富昌の手による優れた作品です。いずれもケヤキの一枚板に彫刻されており、木目の美しさを生かした、精巧な天人像が優雅な姿をあらわしています。

要桜

 要桜 

ここの桜並木は、並木造りに尽力した柳津村初代
村長・伊藤要氏の名前から、「要桜」と呼ばれてい
ます。春にはたくさんの花見客でにぎわいます。


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